ホームの窓からみえる山も、だんだんと秋の装いを整えてくるころですね。しばらくお会いしていませんが、お元気でいらっしゃいますか?
この前に訪ねたとき、いたずらっぽく笑いながら「こんなものを作っているんだよ」といって、作りかけの車のプラモデルを見せてくれましたね。正直言って、そのお年でまだ新しいことに挑戦するなんて、びっくりしました。いくつになっても、若々しく思えるのは、これが秘訣なのかもしれませんね。
それでも、ホームの方々のお世話になることも多く、「もうこんなこともできなくなってしまって」と苦笑いしながら、嘆いていらっしゃいましたね。人のお世話をするのが好きだった方が、人にお世話にならなければいけないのはつらいことだろうと思います。よくしてくれるスタッフに「ありがとう」と素直に言葉をかけられている様子に、本当に感動しました。
「たくさん苦労もあったけど、いい人生だった。子供や孫に何かを残してやれないのは、残念だけど」とおっしゃった言葉が心に残っています。人生の終わりに「いい人生だった」と言えるなんて、これほどすばらしいことはありません。それに、お子さんやお孫さんたちは、お父さんが神を信じ、喜んで生きてきた歩みから、多くのものを受け取っていますよ。それが何よりの財産です。
今度うかがうときは、あの作りかけのプラモデルも完成を間近にしているころでしょうか。ちょうど、信仰者の歩みが神さまの手によって、少しずつ、少しずつ、完成に導かれていくように。お会いできることを楽しみにしています。
お体に気をつけてください。教会の方々とともに祈っています。
「主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます」 (コリント人への手紙第一 1章8節)
(敬老の日を迎えるにあたって、関わりのあるさまざまな方の顔を思い浮かべながら、一通の手紙のかたちで文章をまとめてみました。)

