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かけがえのない友を与え

あなたがたすべてのために祈るごとに、いつも喜びをもって祈り・・・
ピリピ1章4節

 「今年最初の子ども礼拝で、こんな課題を出しました。「あなたにとって一番の友達の名前を一人だけ書いてください。」子どもたちの反応は、様々でした。

「えっ!ひとり!二人はだめなの」「誰でもいいの」「いないよう・・・」 なかなか書けずに、しきりとううん、と悩んでいる子ども。誰にしよう。○○ちゃんも○○さんもいるし・・・絞れないよう、と一人にしぼるという課題に苦戦している子ども。こんな場面にもそれぞれの個性を垣間見ました。

しばらくして鉛筆を走らせる音が止んだ頃に「では、書いたお友達の名前を教えてください。その理由も言ってください」とお願いすると、それぞれに答えてくれたのですが、その中にこんな理由をあげてくれた子どもがいました。 「自分がお友達にいじわるされていた時に、間に入ってかばってくれたから・・・」「いたずらっ子なんだけどう、なんか優しいから」 表現しきれなかった部分を思いつつも、子どもたちが人の心の本質的なところを捉えて人を見ていることを再確認させられました。

聖書に登場する人物には、互いによい関係をもって歩んでいった人たちを、何人かあげることができるかと思います。

ここでは、ある一面を共有しあえた二人として、ルカ1章に出てくるマリヤとエリサベツをとりあげます。二人を結びつけるキーワードは、47節のことばです。原語では「霊が喜びました」と、過去形が用いられていることを考えると、マリヤはガブリエルからのことばを聞いた時、すでに魂・霊に喜びを覚えたと言えます。

この心の喜び、魂・霊の喜びというものを共有できる人は、この時のマリヤにとっては、ただ一人エリサベツだけだったのではないでしょうか。

120Kmほどの物理的隔たりも、この時のマリヤの行為を妨げるものにはならないほどに、霊の喜びを共有できる友が必要だったのです。

この時点での二人の共通項は、信仰者同志の同じ思いだとも言えます。妊娠したマリヤにとって一番大事な時期を、親類関係であり信仰の先輩者でもあるエリサベツと共に心穏やかに過ごせたということは、大きな喜びと平安になったはずです。


伝道師 石井美恵子 (2004年2月号)

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(2006年12月15日 更新)


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